不労不支RaLY@iCreeks!

RaLY、LARRY7提唱者の社畜が不労不支を目指します

セブンイレブンが大嫌いな理由ダメな無能人間しかいないから

セブンイレブンの不満を書いたらアフィ案件断られた

ステマがウザすぎるわ。毎度毎度、PB商品の〇〇が美味い!みたいなスレとかまとめ記事でるけど、あれ全部金払ってやってるだろ。

全部似たようなこと書いてあるし、多すぎる。

しかも量少ないのに高いし、味もそこまで上手くない。企業側が傲慢な態度、コンビニオーナーの搾取…

いいところあんのかよ。コンビニで一番売り上げてるけど、流石にちゃうしになりすぎてるんじゃないだろうか。

で、そんなセブンに喝入れた記事書いたらアフィ案件断られるし、所詮その程度の会社だなと思いました。

貴重な顧客からの情報を蔑ろにして、顔真っ赤にしてブチギレてるような人がいる会社が伸びるわけがない。

鈴木敏文が去っておかしくなったと正直なことを言ったらコレよ。どんだけコンプレックスあんだよ。私情をビジネスに挟むのは無能がやること。この会社は終わりだよ。

「7Pay」問題は人災である

「7Pay」の不正使用および、問題発覚後の責任者達の対応の不手際が取りざたされている。

この問題は、いわゆる「大企業病」に侵され、長期的展望を欠いたセブン&アイ・グループの経営陣によって引き起こされた「人災」だと言わざる得ない。

「7Pay」の社長が「2段階認証」を知らずに記者会見でしどろもどろになり醜態をさらした。もちろんこの社長の資質には疑問符がつくが、そもそもそのような人物を「7Pay」の社長に就任させたセブン-イレブン、セブン&アイ経営陣が悪い。

しかし、それ以上に大きな問題が、セブン&アイ・グループの「劣化」である。

セブンイレブンの歴史

セブン&アイ・グループのルーツは、イトーヨーカ堂を母体として成長した。

その名の通り、発祥は創業者伊藤雅俊の母親・伊藤ゆきの弟にあたる吉川敏雄が、現在の東京都台東区浅草に1920年に開業した「羊華堂洋品店」にある。

しかし、現在に至るまで、近年のセブン&アイ・グループの業績を牽引してきたのは間違いなくコンビニエンス・ストアのセブン-イレブンである。

セブン-イレブンそのものは1927年に米国で創業された。

日本での展開は、イトーヨーカ堂取締役の鈴木敏文氏が1973年に、周囲の反対を押し切り、セブン-イレブンを展開する米サウスランド社との厳しい交渉の末提携したのが始まりだ。株式会社ヨークセブン(のちの株式会社セブン-イレブン・ジャパン)を設立し、自らは専務取締役に就任した。

翌1974年に東京都江東区に第1号店「豊洲店」を開業したのが加盟店オーナーの山本憲司氏であり、その後40年間で店舗数2万の巨大企業に成功させたのは「実質的創業者」の鈴木氏の功績である。

また、2005年にセブン-イレブン・ジャパン、イトーヨーカ堂、デニーズジャパンの3社で株式移転により持株会社・セブン&アイ・ホールディングス設立したが、これも当時の収益の状況を考えればセブン-イレブンによる他2社の救済という色彩がつよい。

つまり、鈴木氏が育て上げたセブン-イレブンの高い収益力が、周辺を潤してきたのである。

鈴木敏文切り離しの後遺症

鈴木氏が、セブン-イレブンを高収益会社に育てあげることができた背景には、ピーター・F・ドラッカーが述べるところの「マーケティングとイノベーション」を忠実に実践してきたことがある。

「マーケティング」は、米国でも日本でも「営業」や「アンケート調査」などと同義語になってしまったが、本来の意味(ドラッカーの意味するところ)は顧客ニーズを汲みとることである。

例えば、セブン-イレブンの商品力の強さは定評があり、コンビニ弁当では「セブン-イレブンが一番おいしい」とか「スイーツはやっぱり、セブン-イレブンだね」という評判をよく聞く。

また、ローソンなどの他社が有名俳優を使ったイメージ広告を行ったのに対し、セブン-イレブンは販売する商品の内容の訴求に徹した。顧客が求めているのは店の看板ではなく店頭に並ぶ商品であるからだ。

さらに、全都道府県制覇を早期に成し遂げたローソンに対して、セブン-イレブンは効率性にすぐれたドミナント戦略をしっかりと守り、最近やっと沖縄に進出を始めたほどだ。

これも、「全国制覇」などというものは、本部の自己満足に過ぎず、加盟店が求めるのは正確で効率の良い配送仕入れなどの物流体制だからだ。

「イノベーション」においても、他の小売り企業に先駆けて野村総研と二人三脚でPOSの開発・活用を先進的に行ったのは有名だし、比較的最近の2013年にもセブンカフェという画期的システムを導入している。

もちろん、セブン銀行(2001年に株式会社アイワイバンク銀行として設立)というATM専業銀行である画期的金融機関を成功させた手腕も忘れてはならない。

目先の利益の追求が悲惨な結果を招きつつある
つまずきは、2005年の3社統合に始まると思う。筆者は、この時、高収益会社のセブン-イレブンを親会社の都合で吸収合併し、株式を希薄化するという行為に憤りを感じた。これは、セブン-イレブンの株式を購入していた一般投資家に対する裏切り行為であるし、セブン-イレブンを手塩にかけて育てた鈴木氏の本意とも思えなかったからだ。

極めつけは、2016年の鈴木氏の「退任」である。

事の発端は、2016年2月15日に鈴木氏がセブン-イレブン・ジャパン社長の井阪隆一氏に対して退任を内示したことにある。いったん本人は了承したものの、その後、態度を変えたので、鈴木氏は3月に取締役候補の指名・報酬委員会を設置し、ここで社長交代を提案した。

しかし、当時のセブン-イレブンの業績が好調であったことから、同委員会委員を務めていた社外取締役の伊藤邦雄一橋大学特任教授及び米村敏朗元警視総監が反対する。

そのため、取締役会にかけたが、投票結果は賛成7票、反対6票、白票2票。結局、賛成が総数15票の過半に届かなかったため否決された

同日記者会見を開いた鈴木氏は引退を表明。「反対票が社内から出るようなら、票数に関係なく、もはや信任されていない」旨を述べた。賛成票の方が多かったのに潔く切腹するというまさに「武士の鏡」である。

セブン&アイはガタガタになっている?

鈴木氏から無能の烙印を押され退任を迫られた井阪隆一氏が続投していることが、セブン-イレブンの最大の問題だが、一般的にも概ね4年で交代する雇われ社長は、自分の任期の業績を最大化するために、費用が先行する将来を見据えた大型投資は避ける傾向にある。

例えば、鈴木氏が行った大胆なPOSの導入も、莫大な費用がかかるにもかかわらず成果が現れるのはかなり先のことであり、4年単位でものを考えるような雇われ社長には到底できない決断であった。

ドラッカーは、「新規事業」と「既存の収益事業」は完全に分離すべきだと述べているが、それは既存の収益事業から見れば、「将来収益を生むであろう」新規事業は単なる金食い虫にしか過ぎないからである。

鈴木氏は、その両者を融合させて大成功させる傑出した能力を持っていたが、凡庸な井坂氏にそのような手腕があるはずもなく、「オムニチャンネル」をはじめとする鈴木氏の心血を注いだ「イノベーション」に関する情熱をじゃけんに扱い現在の状況を招いた。

サラリーマン社長に野武士は扱えない

セブン&アイのもう1つの大きな問題は「マネジメント」である。

そもそも、本部なるものは言ってみれば単なる「処理機械」であって、現場で売り上げを稼ぐ加盟店より偉いわけではない。ドラッカーに言わせれば企業(本部)は、例え営業部であってもコストセンターなのである。売り上げを与えてくれるプロフィットセンターとは、「顧客」だけなのだ。

コンビニチェーンにおいて、本部から見て売り上げを与えてくれる顧客は加盟店に他ならない。1号店から加盟店とともに辛苦を共にしてきた鈴木氏は、骨の髄までそのことが分かっている。

だから、加盟店の日販の数字を上げ彼らを豊にするために「イノベーション」を継続し、弁当・スイーツ類の試食でも鬼のようにダメ出しをして、品質を維持してきたのだ。

しかし、それも3年前の鈴木氏の退任で終わった。

今や、社長以下本部が自己保身に走る人間ばかりで、現場の士気も大いに低下しているであろう。

24時間営業の問題も、経緯を見ると、対応があまりにもずさんだ。筆者もコンビニにおける24時間営業の重要性は認識しておりやめるべきでは無いと思うが、加盟店の経営者も人間である。

保身に走る社長のもと、保身に走る担当者からの「私はちゃんと指導しましたから」と上司に言い訳をするための杓子定規な話が、疲労困憊している加盟店経営者を激怒させたことは想像に難くない。今回の問題は、加盟店が「野武士」の意地を見せたというわけである。

そもそも、24時間営業の問題はすべてのコンビニ共通なのに、セブン-イレブンがことさら取り上げられる状況になったのが、問題の根の深さを示している。

鈴木氏であれば、自ら加盟店を訪問し、膝を突き合わせて話をしながら、打開策を探るくらいのことはしたかもしれない。

収益性低下→先行投資もできなくなる
フランチャイズビジネスは、本来濡れ手に粟のビジネスである。

収益事業があるうちに、次の展開をつけなければならない。下り坂になってからではもう遅いが、残念ながらすでに下り坂に入っているのかもしれない。

「今さえ良ければ」というビジョンの無い人々が考えていた「今」が終わりつつあるのではないだろうか?